手を繋いで文化は廻る

世界のあらゆる文化は須く全て繋がっている。それらは互いに手を取り合い、共存共栄し、高めあい、人々をより豊かにする。私は自身が得た文化の一端を伝えていく事でその一助となりたい。

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第三話・くだらない超現象、徐々に奇妙な箱物語

 

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 目を開けるとそこは、大きな老舗の百貨店でした。柱や天井の切れ間に歴史を感じさせる黒ずみが見え、ずっしりとした重厚な空気が店内に緊張感を漂わせているが、それが自信によるものなのか不景気による消沈によるものなのかは分からなかった。何故ならこの百貨店に見覚えも来た覚えも全く無かったからだ。何ともなく店内を見て回ると、一番目の引く中央売り場にアンティークの薄汚れた家具や小物がギッシリと展示されている。恐らくこの百貨店一押しのフェアか何かであるのだろう。しかし取り壊し予定の当時は豪邸だったであろう廃墟から売れそうなものを片っ端からかっぱらってきたかの様な品揃えに、意地でもこの百貨店を立て直そうという意思は見えるのだが、如何せん商材が地味だ。担当者も、少ない資金を何とか捻出してプレゼンして了承を勝ち取ってこのフェアに賭けたのだろう。だがこれでは誰もが勝利は程遠いと思うだろう。何故って地味だ。商材が。

 

 そうこう詮索している内に開店時間になったのか、人がぞろぞろと入店してきた。スーツケースを持った団体がフロアを蹂躙する。見れば殆どの客は中国人の様だった。飛び交う言語が中国語ばかりだったからそう判断したのだが、ヨドバシカメラにでもいるのかと錯覚してしまうほどのアウェイ感だ。日本観光御一行はアンティークに脇目も振らず奥へ奥へとドタドタ流れて行く。奥に何があるのかは全く分からなかった。数人の客がおそるおそるフェアを眺めていたが、購買意欲が無さそうなのはおろか、じっくり見ることもせず、小汚い椅子や飾り棚がディスプレイされている事にドン引いている様だった。

 

 それを見て何故だか無性に腹が立ってきて、二言三言文句でも言ってやろうかと思ったが、中国語を流暢に話せる訳でもないので諦めた。怒りの矛先を何処にやればよいのか分からなくなって、一人プンスカ中央市場の少し横のスツールにドカりと座り込んだ。

 しばらくそこで何で腹が立ったのか考えていたが、百貨店に同情したのだろうと思うと腑に落ちた。百貨店が、この中央売り場の担当者が、必死の思いで打ち出したものに、よくもそんな冷ややかな目が出来たものだ冷血漢どもめ。確かに、小汚いし地味だ。メルカリで買えそうだし、何ならジモティーでタダで引き取れそうなレベルだ。だが、よく見てみれば存外良い品物もあるじゃないか。何十年と現場で培った審美眼でこの中央市場に相応しいフェアをやっているじゃないか。このウスラトンカチ。それを中央フリーウェイと言わんばかりに素通りしおって。何が目当てだ。どうせ薬か、タピオカくらいのもんだろう。タピれタピれ。タピりまくって栄養不足でタヒってしまえ。タピオカと間違えて正露丸ストローでゾゾっと吸って逆にお腹下してしまえ。バファリンを半分に割って優しさの無くなったパチリンつかまされて頭痛に泣け。

 と、頭の中で偏見まみれの卑屈な呪いをかけるのに夢中で気付いてなかったが、ハッと我に返って中央市場を見ると一人のスーツ姿の店員らしき男が、恭しく弱々しげに接客していた。見た所年齢は50代後半、猫背で白髪、ひょろっこい体は覇気がなく、この人がアンティークフェアを仕切っていたとしたら納得しか出来ないほどマッチしていた。実際担当しているのだろう。その男は若い中国人女性に薄汚い椅子を勧めていた。

 

 「この、椅子なんか、んーーどうでしょう?すごく、良い、品物、何ですけれども」

 「えー、いらない。ダサいし。汚いし。あとおばあちゃん家の押入れの匂いするし。あとあんた点打ちすぎじゃない?キモいんだけど」

 「そんな、ことも、ないと、思うのですけど。ではこのロシア人形なんか、どうでしょう?」

 「うっさいなぁ!いらねぇって言ってんだよ!」

 ロシア人形が叩かれ宙を舞い、トリプルアクセルしたあとパタンと地面に無様に着地した。慌てて店員が拾いに行き、女性客は見向きも悪びれもせずフンと鼻を鳴らして奥へとズコズコ歩いて行った。店員は悲しそうに空を見上げ、溜息をつきながらパンパンとロシア人形の埃を払い、棚へと戻していた。

 

 中国語で話していたので、詳細な会話の内容は分からなかったが、大凡の見当はついた。いや、つかないほうがおかしい。

 哀れで不憫でならない。ちょっと「、」が多いだけではないか。この百貨店を何とか盛り返そうと引っ込み思案ながら奮起して、行動を起こしているだけではないか。「、」がちょっと多いけど。ロシア人形も可哀想だ。何処から買われてきたか知らないが、何も無理にトリプルアクセルまでさせられなくても良いではないか。ちょっと顔怖いけど。片桐はいりに少し似ている。同情がおかしなところまで転がってしまい、ついには自分から男に話しかけに行ってしまっていた。

 「世知辛いですね」

 「そう、ですね」

 「別に、悪くないと思いますよ。この椅子だって、人形だって、オケラだって、アメンボだって、絶対買い手が現れますよ」

 「あ、ありがとう」心なしか店員の顔が明るくなった様に見えた。みんな生きているんだ。友達なんだ。

 「何かおすすめはありますか?」

 男は売り場を振り返り、少し考えると、のそのそと棚から古びたオルゴールを取り出してきた。

「これ、なんか、どうでしょう?18世紀初頭の、シリンダー型、オルゴール、ですけど」

「年代物ですね。音は鳴るのですか?」

「ドと、レと、ミと、ファと、ソと、ラと、シが、、、」

「が?」

「、、、出ません」

「オ パキャマラド パキャマラド パオパオ パンパンパン。って馬鹿野郎。パパからもらったんでしょうね。とても大事にしてたんでしょうね。壊れてでない音しかないねぇ」

 渾身のノリツッコミにピクリともせず店員は二の句を告げる。

「音階は、出ませんが、、、」

「が?」

「こんな、奇っ怪な、音が、何故か、聞こえて、来るのです」

と言って、男は急に薄ら笑いを浮かべながら、オルゴールを鳴らし始めた。すると、とぅるるる、とぅるるると、確かに微かに音がなっている。じゃあ音階のどれかは鳴るんじゃん嘘つき。と心の中で店員の男を罵倒した。

「確かに聞こえる。何という曲なのですか?」

「さぁ、、、わかりませんが、300年も昔だと、クラシックか、何か、ですかねぇ、、、」と言いながら、男はオルゴールを鳴らし続けている。

 

 気のせいだろうか。とぅるるる、とぅるるるというオルゴールの音は徐々に大きくなっている気がする。いや、確かに大きくなっている。さっきから男が何かブツブツ言っているが、全く聞き取ることが出来ない。何だか厄介な事に首を突っ込んでしまったと思ってもアフターパーティーだ。

 

「これいくら!!!!?」大声で何とか話しかける。オルゴールの音色がレゲエイベントのサウンドシステムのど真ん前にいる位の爆音に感じた。心なしかフロアの明かりが暗くなっている。当初感じた重苦しい雰囲気とはまた違った気味の悪さを感じる。理由武装すれば一騎当千出来そうだ。

「、、、え?」男は平静で答えている。

「これいくらって聞いてんの!!!!!!」買う気など更々無かったが何か喋っていないと気が狂いそうだった。

「59万、、、8,000円と、消費税です」

売り場がガタガタと震えだしている。片桐はいり似のロシア人形は棚でくるくると片足を上げて回っている。口元はニヤリと笑みを浮かべていて、何処となく店員と同じ気配がする。

「たっっっっっっか!!!!!」

とぅるるるるるるるるるる、とぅるるるるるるるるると、オルゴールのけたたましさはどんどん増していく。店員の男は、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ている。気づけばロシア人形も、日本観光御一行の中国人達もみんなこちらを見てニヤニヤ不敵な笑みを浮かべている。

「お買い上げ、、、ありがとう、、、ございます、、、はは、、、、ははははは、、、、はははははははははははは」

 

「買えるか」と叫んだが届くはずもなく、オルゴールがゆらぁと浮かんでこちらに向かってくる。どんどんこちらに向かってきて、不快なメロディで耳をつんざいてくる。意識も比例して遠のいて、脳内でカチリ、カチリ、カチリ、と変な音が鳴る。爆音を聞きすぎると脳が変になるのだろうか。薄れいく意識の中で最後に見たのは、中央売り場の天井。黒ずみがブラックメタルバンドのロゴみたいに「お前達をずっと見ている」と蠢いていた。

 

 

とぅるるるるるるるるるる、とぅるるるるるるるるる、とぅるるるるるるるるる、とぅるるるるるるるるる、とぅるるるるるるるるるる‥‥‥

 

 

 

 「とぅるるるるるるるるるるるるん。とぅるるるるるるるるるるるるん」

 

 

 携帯の着信音が奇妙に鳴り響く。雲は云々唸りながら(雲だけに)布団を被る。しばらくすると徐々に音は止み、通知がピロンと鳴った。

 

 不快で妙な夢だった。殆ど内容も覚えていないが、前にも見た事があるような無いような過去の実体験のような只の記憶処理の残骸のような曖昧さと後味の悪さだけは残っていた。

 

 五分程布団の中でうだうだしていたが、携帯を手に取り着信履歴を見る。さっきの不快感の元凶は職場の店長からだった。理不尽な謂れを浴びたその名前を見て、雲は罪悪感で胸をギュッと帯の様に締め付けられた。モンキーターンよろしく折り返せばよかったのだろうがそうもいかず、狭い室内を行ったり来たりラジバンダリしていた。

 携帯の着信音を別の音に変更した所で、意を決し、残してあった留守電を聞くことにした。雷が落ちて来ることを覚悟して、恐る恐るボタンを押した。

 

 「ピーーーー。おう。俺だ。生きてたら連絡ください。あの大雨からかれこれ一週間。店も浸水しちまって、街や家の復旧作業なんかもあってでゴタついちまってて、忘れてたわけではないんだが、後回しになっちまってた。すまん。ようやく目処がついたから店を再開しようと思う。事が事だったから別に怒ってないし、死んでないならマジで返事してくれ、頼む。生きててくれ」

 

 ちょっとだけ涙が頬を伝っていた。こんなに心配してくれているとは思ってもいなかった。連絡を躊躇っていたことを後悔した。ゲンキンな性格だと自分をたしなめた。

 少しだけ気分が軽くなり夢の後味も吹き飛んでいた。外も良い日和だし恰好のタイミングだと、店に顔を出しに行く準備を始めた。かちゃかちゃとベルトを締め、外套を羽織ってパンとナイフをカバンに詰め込んでいると、玄関のチャイムが鳴った。

 雲を訪ねて来る人など数えるほどしかいない。

 

 「磯野ぉーーー。野球しようよーーーー」全国民を月曜日の憂鬱へと誘う某アニメ某中島の全く似ていない声真似をした杏だった。

 「すみません人違いです」と言って雲がドアを閉めようとすると、杏は慌てて足をドアに挟み、隙間から天使の微笑みを浮かべ

 「あなたは今幸せですか?」

 「それ逆効果だから」

 「白アリ駆除に来たんですけど」

 「ここ鉄コン筋クリートなので」

 「この星の一等賞になりたいらしく、最近の白アリはそれも食べてしまうのですよ」

 「火星から逆輸入しました?」

 「そうなんですの。ですから私もコメツキバッタの遺伝子を配合しておりまして」

 「それでどう駆除するんですか?あ、ごめんやっぱ言わなくていいです」

 「‥‥‥そんなラピュタみたいな格好して、どこ行こうとしてるのよ」続きを遮られて少しむくれた杏が言う。

 「職場に存在感を示しに」

 「そんな超幻想、消してリライトして忘れ去られてるわよ」

 「僕を成す原動力全身全霊で消さないでくれます?今日電話があったんです。生きてるなら顔出せって」

 「今更どんな顔して会えっていうのよ」

 「それ僕の台詞だし、もっと言えば幼い頃蒸発した父親の所在を、高校生になって病弱な母親から教えられた娘の台詞」

 「やけに細かいわね、実体験?ついて行っていい?」

 「どうして?妄想です」

 「暇だからに決まってるでしょ」ドーン!

 「ドヤ顔で言う台詞じゃないですね」

 「台詞台詞台詞ってうるさいわね。3セリフってフォントじゃないんだから」

 「んなわけ‥‥‥フォントだ」

 「お後がよろしいようで」

 「ありあとあしたー」雲がドアを引く。ガッと何かがドアに挟まりまた完全には閉まってくれない。杏がどこからか持ってきた箱を噛ませたからだ。少しひしゃげた段ボール箱を杏が雲に渡す。

 「そう言えば貴方の家の前に置いてあったわよ」

 「高価な物だったらどうしてくれるんですか」

 「別にどうもしないけど、高価なのは間違いなさそうね」

 「どうして高価だって分かるんですか?」

 「小学生でも分かるわ。59万8000円って書かれた値札が貼ってあるからよ」

 「なんかその金額聞き覚えがある様な‥‥‥」

 「こんな高価な物、何買ったのよ?」

 「買った覚えもないんだよなー。あぁそういえば風邪引いてた時、何か配達来てたんですけど、出られなかったんですよね。その荷物だったんだとしたら再配達の連絡怠ってた僕も悪いけど、何も置き去りにしなくていいと思うのですけど」

 「妙な話ね。とにかく開けてみたら?」

 中身に興味津々な杏に言われるがまま、雲は段ボール箱を開けると、そこには18世紀初頭の、シリンダー型の、オルゴールが入っていた。雲は全てがフラッシュバックし、気を失って、空に浮かぶはずもなくパタリと玄関先に倒れた。

 「助けてくださーーーい!!!誰か男の人呼んでーーーーーー!!!」

杏は雲を抱きかかえ、ワニの格好をした万引きGメン風にピカデリーの中心で愛を叫んだ。

 

to be continued