手を繋いで文化は廻る

世界のあらゆる文化は須く全て繋がっている。それらは互いに手を取り合い、共存共栄し、高めあい、人々をより豊かにする。私は自身が得た文化の一端を伝えていく事でその一助となりたい。

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第二話・藪からスティックまた来て死角。

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 庵野杏が行方不明となって三日が経とうとしていた。僕はあの記録的大雨の日から風邪で床に伏せていた。涙と熱と汗でぐちゃぐちゃの身体はカンピョウを蒸した様な塩梅ですこぶる調子が悪く、朦朧とした頭は終日生命維持だけが生業だった。世間はてんやわんやの騒ぎだっただろうが知った事ではなかった。

 仕事先の電話も、密林の配達も、ズレた間の悪さも、それどころではなかった。何度も何度もあの別れ際がループ&ループして、由縁失って彷徨って垂れ流し僕の今日を、走り出せはしなかった。

 

 言い訳だけが心を占拠し、野党の口出しを許さず、空席を除けばほぼ満員の与党が

「君は何も間違っていない。引き返した。手を差し伸べた。相手が手を掴まなかっただけだ。結果が伴わなければ悪か?そんな理屈があるか?君の所為では無い。君が彼女を背負う必要はない。人生の中のほんの一日に、些細な出会いに、別れに、心を苛む事はないのだ」と自己弁護を図る。

 

 恐らくこれからの長い我が人生においては、脳内与党の言葉は間違ってはいないのだろう。間違ってはいないだろうが、少数派の意見も尊重するのが民主主義であり、多数派の同調圧力に屈しない事、逃げ出さない事、投げ出さない事、信じ抜く事、ダメになりそうな時はそれらが一番大事である。ぶっ潰せ。

 

 たらればとおばさんの噂話と磯野子はキリがない。買っとけばよかった十年前の帽子やらあの時舐めればよかったとか、クダンでも飼っていて未来が見通せるなら話は別だが、最近まで名前さえ無かった僕に何が出来ると言うのだろう。バスの運転手さんに僕も乗っけてくれないかと頼むくらいが関の山である。行き先ならどこでもいい。このギザギザになった心のやり場であれば。

 つまる所、脳内野党の主張はこうである。

「あの日あの時あの場所で君に会えなかったら、僕らはいつまでも見知らぬ二人のままがよかった」

 とんだトレンディデビルである。

 

 

 四日目にはようやく熱も冷め、体調面は回復していたが、それから数日部屋から出る事ができなかった。まるで精気をタクシーに置き忘れ、何ヘクタールも先が見渡せる野に投げ出された様。何だか室内もぼーーーと言う字をコエカタマリンで埋め尽くして、RPGの名前入力画面で一文字しか決めていない奇天烈ぼんくらな物体でベッドから身動き取れないかのようだった。ただ余りにも腹が減り、ライデンのアラームのけたたましさで鳴るので、「ぼ」の一画目のハネの上の引っかかりと濁点の間と最後の丸の部分に「一」三つを片づけ、四つずつ並べて消してしまうと、玄関に行き、靴を履こうとしたら、中に余った「ぼ」の亜種が入っていたので取り出し、手の平でコロコロと遊ばせてから、ドアを開けて二段モーション禁止前の藤川球児の高めのストレートみたく放った。ボボっと少しホップして、ボーボボーボボと唸って消えた。

 この「ぼ」の亜種は一体何処へ行ったのだろうと、誰とも知れない対戦相手の上の画面に貯まった「ぼ」の亜種に思いを馳せ、華麗な現実逃避をかましてコンビニへと歩いた。

 

 

 ファミラレミラー ミファミファレ♪

聞き馴染みのあるフレーズを久しぶりに聞くと現実を生きている実感が多少戻ってくる。ぼさぼさと食料品をカゴに入れ会計を済ませ帰る。異世界にでも飛ばされれば気も紛れるかと思ったが、そんな事ある筈もなく、会計時に財布の中が「ぼ」の亜種だらけになっていた位である。因果応報(ぼうほう)とはこの事かと少し気分が落ちた。家に帰るまでに耐え切れずガツガツとおにぎりや菓子パンを貪った。断食の方法で考えると一番やってはいけない事だったが、背に腹は、と言うか背も腹も交換不可な2Dボディには何を言っても無駄と言うものである。この日の食事は、人生で四八指に入る美味しさだった。余りに人生クソゲーでぐうの音がおさまってしまった。結果オーライ。往来の前で食事するのはこれで最後にしようと、心にも無い宣誓をした。

 

 家に着いたら、レジ袋の中には一本満足バーだけが残っていた。数十分前には喉から全身が出る位欲していたが、もう興も醒め、不満気に部屋の隅に投げやった。そして久々の外出に疲れたので風呂でも入ろうと服を脱いだ。(裸で何が悪い!)

 シャワーを浴びながらこれからを考える。どうしても気が滅入ってしまう。職場に謝りにいかなければならないし、再配達の連絡や、途絶えたゲームの連続ログインボーナスをまた一から始めないとだし、その他諸々の雑事が億劫だ。現代人が忙しいのを忘れていた。なんて事だ。僕の生きる意味などあったのだろうか?どうやって今まで生きてきたのかまるで分からない。何も成していないし、為すべき事も思いつかない。時の流れに身を任せすぎていた。自分で人生の舵を取った事などあっただろうか?

 いや、ひとつだけ思い当たるモノがあった。杏の奇病を治そうとした。その一点のみ長渕剛の言っていた事を守れたと思う。ただ、一瞬にしてその船は海の藻屑となってしまったわけだが。

あの一日は、自分の人生を大きく変えてくれた。杏が「庵野雲」と言う名をくれた時、やっと人生が始まった気がした。仕様もない今までを捨て、これからを楽しめる様な気がした。僕という存在をこの世界に確定してくれた気がした。

 

 ガシガシと髪を洗う手に力が入る。杏に対する感謝の念と、失った悲しみの入り混じった涙が誰にもバレずに排水口に流れた。かに思われたがちょっと詰まって足下に溢れた。水を止め、外に掛けたバスタオルで体を拭きながら、その溢れた涙に向かってぼそりと「ありがとう‥‥‥」と呟いた。

 

 「感謝はちゃんと面と向かって言うのが礼儀でなくって?」

 背後で聞き覚えのある高潔な淑女の様な声が聞こえた。

 

 この時、もしコエカタマリンが本当にあって使用したら、雲の「ぎゃーーー」と言う悲鳴は、即座に杏の命を葬っていたと思う。出会った時と変わらないケッタイな服装のまま、目の前には庵野杏が確かに存在していた。

 

 「これが本当の未知との遭遇ってやつね。って聞いてる?」

杏が冗談めかして言うが、雲はまだ「ぎゃ」の字に口を開け固まっていた。杏が往復ビンタを5回かましてやると、やっと我に返り、赤くなった頬のままで言葉を発した。

 

「死んだかと思った」

「勝手に殺さないでくれる?別れた後、雨の気配がしたから猛ダッシュで家まで帰ったの。長年培った危機管理能力舐めないで頂けないかしら」

「コートと長靴は?」

「窓から投げたの。貴方の姿が見えたから。愛のT.K.Oのつもりだったのだけれど」

「故意のB・O・M・B・E・Rの間違いでは?」

まごころを君に投げたつもりなのだけれど。連絡手段も無かったし、やむを得なかったわ。あれ以上手掛かりなく捜索してたら貴方の命が危なかったもの」

「お陰様で茹でたカンピョウくらいですみました」

「本当よ。一応その後責任感じてカンピョウの看病してあげたんだから」

「なんで僕の家が?」

「コートにGPSタグ付けといたのよ」

「不法侵入は犯罪ですよ」

「恩を仇で返す気?」

「滅相もございません」

「ところで、そんなものぶら下げてないで何か履きなさい」

勝手に入ってきておいてその言い草はなんだという言葉を飲み込んで、状況的に圧倒的不利を悟った雲は、冤罪を免れる為に全裸監督を辞め、服を着た。

「さて、これからどうしましょう?」と杏に聞く。

「決まってるじゃない」杏が髪を靡かせ言う。

「私の病気を治す作戦会議をするのよ。まず…………

 

 …………………………二人は夜更けまで冗談交じりに作戦会議を進め、つい数日ぶりの掛け合いにも関わらず、雲はどこか懐かしくて暖かい人の熱を感じて嬉しくなった。そのせいで気が緩んだのか、雲がうつらうつらし出したのを見ると杏は黙って見守り、すーすー寝息を立てはじめた雲に布団を掛けてやると、起こさないようにスーッと帰って行った。大雨で折れた街路樹や壁側に受け取り口が向いているポストが散見している帰り道を月明かりがシュールに照らす冷たい夜。世界はまだ少し日常を取り戻せてはいないが、人々はきっと当たり前の様に善意と力を差し出し、当たり前でない今を修復するのだろう。人間の粘り強い精神を持ってしても修復出来ないものが、どれほど今を離れたか知らない。一番標的にされそうな奇病持ちが免れ、平気な顔で雨を行く誰かが連れていかれる不条理さは、遣る瀬無さで嘔吐きそうになる。

 

 それでも、いつか誰しもにそのタイミングが来るわけで、遅かれ早かれ平等に不平等な世の理が、向かいの岸へと渡そうとする。決して向井理の犯行ではない。

 ズレた間が、良いか悪いかは分からない。けど今じゃ無かったと言う事実を大事に、今ある生に何がしかの理由を探して、これからを楽しんでいければ良いじゃないかと、月並みな自己解決をして、杏は夜をピクニックの様にふんふん口笛を吹きながらまだ長い道のりを帰った。

 

 すると藪からスティックに蛇が出てきたので杏は棒で物理ダメージを8ポイント与えて蛇を倒し、3経験値をもらうと、頭の中でレベルアップの音がした。蛇は叩かれた時どんな音が鳴ったのだろう?文明開化の音でない事は確かだった。ピクニック気分が台無しになったが、1レベル上がったおかげかすいすい歩ける様になった気がした。今度こそと気を取り直し、RPGツクールで小学生が適当に作った様な凸凹道を歩き出した。

 

続く

第3話・くだらない超現象、徐々に奇妙な箱物語 - 手を繋いで文化は廻る

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